泉田塾便り【2026年(令和8年)10月号】

できごと

 できごと:

 涼しくなってきて秋らしくなってきました、いかがお過ごしですか?

中間試験やその他テスト勉強のシーズンの始まりです。  生徒さんの様子は、塾では何もしていないわけではないので、それなりの時間をかけてやっていますので、目には見えねどジワジワ何かが変化してきている生徒さんも見受けられます。問題に取り組もうとしてきたり、粘る力が増してきたりですかね。

 先日富山テレビの元常務だった人と昼飯の時隣に座って話し込む機会がありました。何でも「中学の時、英語で点を落としたことはなかったんじゃないかな。」つまり100点かそれに準ずる成績。某中学で5番ぐらいをキープしていたようです。富山高校に入ったときの一学期の成績は20番ぐらい、その年つまり一年生の後半にはしっぽから20番ぐらい。「英語、国語はあまりよくなかったなあ。数学はよくできた。世界史が好きで得意だった。」何でも中学3年の時に柴田錬三郎の「英雄ここにあり」(三国志)にはまり、歴史に開眼したようです。高校三年で世界史は学年トップだったみたい。

何を言いたいかと言いますと、どうして高名な進学校で歴史物を読む余裕(勉強以外のことをやる時間)があったかということ。「そもそも当時の富山高校はそれなりの自由校で、自分の意志で決めて好きにしたら。」的雰囲気の高校だったらしい。卒業時には50番ぐらいの成績だったらしい。

今、生徒さんと接していて感じるのはAI旋風が吹きまくっていることですね。家では幼時からゲーム漬け(いきがい)、学校もデジタル化だらけ。

ここで当塾は古典的なゆっくり活字で取り組む、問題と鉛筆と紙で、考えながらじっくり取り組むスタイルを貫こうと考えています。

塾長・泉田芳範

新 中川先生のコーナー

 終戦当時、日本は最も恐ろしい国に思われていたかも知れないことは、これまで述べてきましたが、その理由のひとつは、国際連盟が主導したパリ不戦条約を真っ先に破った国であること。それ以上に恐れられたのが、戦争のやり方にありました。それは兵士たちが全く死を恐れないよう態度が、至るところに見られたからです。第二次世界大戦において日本は大量の戦死者を出しましたが、その死因で最も多いのが、弾に当たったり被爆したものでは断じてありません。6割が餓死を含めた栄養失調によるものでした。現地に送られた軍隊は食糧の補給も途絶えた状態でしたが、そうしたなかにいる軍人のとった行動は、容易に想像できると思います。このような異常なやり方を行った国は、他に見たことがあるでしょうか。
 以上のような相手国だけでなく自国民に対しても人権無視とも言うべき、異常な戦争をやっていた状況を考えれば、日本が国際社会に復帰することがかなりハードルが高いものである筈です。それなのにどうして復帰できたのか、そしてその日本が国際社会の一員であり続けるには何が大事であるのかを、今一度考えなくてはいけないのではないかと思います。

親御さんの声

  いつもお世話になっています。 10月に英検を受けることにし、学校の授業も本格的に始まりバタバタ過ごしています。英作文対策を塾でサポートいただけるとのこと、ありがたいです。マルチタスクになるとどれから手をつけてよいか分からなくなり、中途半端になりがちなので、また声をかけていただけるとありがたいです。

英検どうなったか楽しみですね。
マルチタスクは当方も得意とするところではありません。当方の場合はお尻に火がついて、始めるといいますか、切羽詰まっている度合いが、やる順番をきめてくれるといいますか。まあそんなところです。

生徒さんの声

  夏休みの夏期講習で苦手だった数学を重点的にしました。模試や実力テストで一学期よりも点数が伸びたので良かった。

 どっちか言うと君は上昇気流にいますね。暗~く、下降していません。やはり若いんでしょうか、エネルギーありますね。
数学はしばらく学校の勉強よりも「なぞぺー」という思考力養成の問題集をやりましたね。これが効いてくることを期待しています。考えて、考えて考えてください。じっくり時間をかけて。