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できごと:
 天候不順(暑さと寒さ、晴れと雨の変化が急)、火山の活発化はあいかわらずですが、暑くなってきました。いかがお過ごしでしょうか?以前市内のS中学校の前でチラシを配った時、手持無沙汰に部活動を眺め、各学年の自転車置き場を通りすがりの生徒さんに聞いたり、チラシを渡すときの会話などで漠然と感じていて言葉にならなかったことが今時間が経ってみて分かったことは「自発性が弱い」ということでした。みんな「良い子」なのに「言われてやっている」感じ、です。自らの魂で燃えている感じじゃないんですよね。う~ん。
論評:
生徒さんの中に突然なんの脈絡もなく単語を発する生徒さんがいます。その生徒さんがある時「学校はいつはじまったのだろう?」と尋ねました。答えれませんでした。調べてみました。 学校自体は紀元前から例えばプラトンという古代ギリシアの哲学者の開いていたアカデミアという学校をはじめ日本の古代であろうがヨーロッパの中世であろうが貴族、政権の中位以上の人達が子弟に読み書き、教養の基礎、租税徴収の実務などを教える学校は多数存在していました。そこで「学校はいつはじまったのか?」を一般大衆に対する義務教育はどのようにはじまったのだろう?と受け止めて調べてみました。18世紀後半プロイセン(ドイツ)のフリードリッヒ二世がナポレオンに対抗するために強くてただの軍隊が必要だと言った。そのために子供のころから愛国心や団体行動力を叩きこまないとダメだと言った。そして始めた。親たちは子供を学校にとられ労働力がなくなるので反対したが職業教育もしてくれるなら(読み、書き、そろばん)ということでしぶしぶ承諾した。つまり当時の世界情勢、産業革命が始まり機械エンジンが登場し始め(それまではすべて人力)、諸国が外国に対して力で競い合う状況(国民国家という概念)と共に学校は始まったのでした。最初から二つの側面を持っていたということです。読み・書き・そろばんなどを教えてくれて助かるという側面と、国側としては諸外国と張り合っていくために国家が必要とする人材の養成機関という側面と二つ持っていたわけです。このうち読み・書き・そろばんなどは小学校ぐらいで済んでしまうことで後は国の要求する国際スター級の人材を発掘するための選抜装置というのが学校の主な役目です。最近不登校や学校の勉強があまり好きでないという子が増えていますが選抜装置としての競争勉強にはげしくさらされていてある意味当然の反応です。当方も駿台予備校時代まわりは東大にいくような連中のなかで毎日毎日脳のある部分(論理思考)ばかり鍛えられるていくのに本人のどこかが悲鳴をあげていたのを覚えています。続きはまたの機会に。
エピソード:
私の母89歳は小学校、中学校で教員をしていましたが毎朝寝言を言います。大抵は教師時代のある場面です。ある朝トイレに行くときに聞いた寝言は「頼んちゃ、あんた子どんどもだまくらかすの上手やから頼んちゃ」という同僚への依頼でした。
親御さんの声
 勉強好き?との問いかけに、「嫌い」の一言。  読書好き?との問いかけに、「嫌い」の一言。  そしたらゲーム好き?の問いかけに「好き。面白いもん」  いつかは勉強、読書をちょっとでも好きと思ってくれる日が来ます様に。^∀^
     ある時、鉛筆を床に立てて消しゴムを転がして倒すことをしていました。彼女丸い消しゴムが意外な方向に飛び跳ねていくととても面白がるのです。勉強は敷かれたレールのように結果が分っていて面白くないのでしょうね。当方の経験から言えば中くらいのことをやっていても面白いはずがありません。頂点近くまで行ってみると見えない世界が広がっています。そこが性に合うか合わないかは行って見なくちゃ分りませんよ。
生徒さんの声
ひなはゲームも好きだけど図工や体育も好きだしとくいな算数の問題もあるんです。
               完 *´∀`* (TДTねぇ)
    図工や体育が好きとは頼もしいですね。僕が教えられることがあるとしたら(僕の得意)、それは粘り強くがんばることぐらいですが、それが君の不得意部門ですものね。
生徒さん向けコーナー:
「りょう」で漢字がいくつ書けるか、「すい」で漢字がいくつかけるか? 例「寮」「酔」

お盆休みは8月13(木)~16(日)とさせていただきます。

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