できごと:

 ほめることより欠けているところを突くことの方が多い私ですが今回も。A君は2:1に内分する点を二分の一に内分と受け取って、後の努力はむなしく水泡に帰しました。B子さんは-1と書いてあるところを1と書いて後の努力はむなしく水泡に。このようなお気軽ミスが生徒さんによく見られるのです。それでツラツラ考えてみますと、当方など試験で修羅場をくぐってきた人間(叩き上げ)とノホホンとお坊ちゃんお嬢さん勉強している生徒さんでは出題に出てくる数値の取り扱い一つについても取扱い姿勢が何か根本的に決定的に違うような気がします。絶体絶命の絶壁でそのロープのかけ方でこちらは助かってきたという経験があるのに生徒さんたちは安全な体育館か何かでロープのかけ方の講習を習っているような何か取り組む姿勢の根本的違いを感じます。そのやり方でないとダメだというハードな体験をどこかの分野で持ってほしいのですがずっと甘い環境で育ってきているのでこれは難しいことですね。

 論評:

 夏休みが終わりました。近所の小学生が家先で昼下がりゲーム機手にもってキョロキョロ辺りを見渡して「誰か遊びに来ないかな」風情でいたのが印象に残りました。子供が育つ環境が経済活動のために破壊されて豊かな自然環境のないゲーム機を持ってウロウロするしかない夏休みを大人たちは用意してしまったかと済まない気持ちです。昔あったため池や水門、うっそうとした意味のない場所はなくなり、すべてがすっきり片付いた「有意義な場所」だけなのが味気ないです。

エピソード:

 小杉にお酒の「やまや」がやってきました。そこでの出来事。当方エビスの缶ビール6本入りを勢いよく掴んだところ1本がコロンコロン転がり落ちてしまいました。そしてレジでのこと。そのへこみに気づいた店員「交換しましょうか?」と新品を取りに行きそうな素振り。こちらは「自分でしたことですから」と断りましたが。こちらのミスまでもお店のサービスという商業主義に呑み込まれてしまう。これじゃ自分のしたことの責任を取るという道徳よりも「商業主義」という世の中をおおっている支配精神が巾をきかせるわけだと今昔の感を深めたのでした。商業主義以外の道理が通じなくなってきていると感じませんか?

 

塾長の自由研究:

 生徒さんと社会の問題やっていて面白いと思った問題がありました。解答してみてください。

   ~④はフランス、イタリア、カナダ、アメリカのいずれかです。

 

    

    

    

    

世界の小麦生産に占める生産量の割合

6.8%

11.8%

1.4%

4.1%

世界のとうもろこし生産に占める生産量の割合

2.4%

41.0%

1.5%

1.5%

全国土面積に占める耕地面積の割合

35.3%

19.1%

36.3%

4.6%